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東京高等裁判所 昭和30年(う)2100号 判決

控訴人 原審検察官 吉井武夫

被告人 佐藤善太郎 外二名

弁護人 大野栄三 外二名

検察官 磯山利雄

主文

原判決を破棄する。

本件を静岡地方裁判所浜松支部に差戻す。

理由

本件控訴の趣意は検事吉井武夫名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する弁護人等の答弁は各答弁書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

一、検察官の論旨第一点について

所論は、本件事案は職業安定法第六三条第二号の違反罪であるから、裁判所法第二六条第二項第二号により、裁判官の合議体で審判すべき事件であるにかかわらず、原裁判所が単独裁判官によつて審判したのは判決裁判所を構成しなかつたものであると主張する。そこで本件のような職業安定法第六三条違反罪は裁判所法第二六条第二項所定のいわゆる法定合議事件に該当するかどうかについて考えてみると、職業安定法第六三条の法定刑は、「一年以上十年以下の懲役又は二千円以上三万円以下の罰金」と定められていて、これを自由刑だけについていえば、まさに前記裁判所法第二六条第二項第二号に該当するけれども、その他に選択刑として罰金刑が定められているので問題の生ずる余地があるのである。各弁護人は、いずれもその答弁書において、「裁判所法第二六条第二項第二号は法定刑の最下限が短期一年以上の懲役もしくは禁錮にあたる罪をいうものであるから、法定刑の中に罰金刑が含まれていれば、その犯罪の法定刑の最下限は罰金刑であり、短期一年以上の懲役又は禁錮にあたる罪には該当しない」と主張する。右のような各弁護人の意見は前記裁判所法第二六条の文理解釈上一概に排斥し去ることはできないばかりでなく、さきに本件と類似の処罰規定(三年以上十五年以下の懲役又は二千円以上一万円以下の罰金)を有していた有毒飲食物等取締令第四条違反事件の事物管轄について、これを区裁判所の管轄に属するとした当裁判所の判決も存するけれども(東京高等裁判所昭和二五年二月一一日判決、最高裁判所判例集四巻六号一〇五八頁参照)右当裁判所の判決は、裁判所構成法第一六条第二号の適用に関するものでその趣旨は、裁判所構成法施行当時においては、選択刑として罰金刑の定められている罪は罰金刑にも処しうる事件であるから「罰金にあたる罪」として区裁判所の管轄に属すること、従つて、もしこの種の事件について禁錮以上の法定刑が定められていれば、区裁判所は禁錮以上の刑でも科することができる旨を明らかにしたものであるところ、裁判所法施行後においては、選択刑として罰金刑の定めのある罪について、簡易裁判所が管轄権を有するのは旧制度における区裁判所と同様であるが、簡易裁判所は原則として禁錮以上の刑を科することができないという点において両者の間には重要な差異が存するものであるから、裁判所構成法第一六条の解釈適用に関する前記判決は裁判所法第二六条の解釈に関する本件には必ずしも適切であるということはできないのである。而して本件で問題とされているのは、その事物管轄が簡易裁判所に属するか、地方裁判所に存するかということではなくして、地方裁判所で審判することを前提とし、かかる場合にこれを合議体で審判しなければならないか、或いは単独裁判官でよいと解釈すべきであるかという点である。そこで、裁判所法第二六条が、いわゆる法定合議事件なるものを認めた理由を考えてみると、法定刑の重い事件もしくは犯罪の性質上複雑を予想される事件は裁判官の合議体で慎重に審判させ、被告人の利益を十分に擁護しようというにあることは多く説明の要がないが、本件事案のように選択刑として罰金刑が定められている場合でも、いやしくも自由刑に処せられる可能性のある場合には、原則として一年以上の刑に処せられることが予定されている点において、選択刑として罰金刑の定めがない場合とほぼ同様の条件の下におかれているものと認められるから、いやしくも、その法定刑が一年以上十年以下の懲役と定められている以上は、仮令その他に選択刑として罰金刑が定められていてもなお裁判所法第二六条第二項第二号に該当するものといわねばならない。

これを本件の場合についてみると、本件は静岡地方裁判所浜松支部に対し起訴されたものであるが、その起訴状記載の公訴事実は、要するに、被告人等は、いずれも公衆衛生又は道徳上有害な業務に就かせる目的で、(一)被告人佐藤は昭和二九年四月初旬頃から昭和三〇年二月二一日頃までの間単独又は山本とわと共謀の上、十回にわたり特殊飲食業者に対し、婦女子を淫売婦として職業紹介をし、また(二)被告人永田、同花村両名は共謀の上、昭和三〇年二月一一日頃前同様の職業紹介をなし、(三)被告人永田は単独にて、同月二十二日頃前同様の職業紹介をしたものである。というのであつて、罪名及び罰条は職業安定法違反、同法第六三条第一項第二号(第一項とあるのは誤記と認める)と記載されていること、(但し被告人佐藤については他に併合罪として詐欺の事実も起訴されている。)ならびに静岡地方裁判所浜松支部は裁判官内山英二の単独構成をもつて審理した上右起訴状記載の事実と同趣旨の事実を認定し、これに職業安定法第六三条第一項第二号(第一項とあるは誤記と認める)等を適用し被告人佐藤を懲役一年、同永田を懲役四月、同花村を懲役二月に各処し、被告人永田、同花村の両名に対してはそれぞれ二年間右刑の執行を猶予する旨の言渡をしたことが認められる。

然るところ、職業安定法第六三条違反罪を地方裁判所で審判するには、(直接地方裁判所に起訴された場合のみならず、簡易裁判所から裁判所法第三三条第三項、刑事訴訟法第三三二条に基き移送された場合を含む)裁判官の合議体でしなければならないことは前に判示したとおりであるから、これを単独裁判官で審判した原審は法律に従つて判決裁判所を構成しなかつた違法があるものといわなければならない。もつとも記録を調査すると、原審において、単独裁判官で審判するについては、被告人や弁護人は勿論、立会検察官もなんら異議を述べた形跡は認められないけれども、これがため検察官がこれを理由として不服申立をする権利を喪失したということはできないから、検察官の本論旨は理由があり、原判決は総て破棄を免れない。

二、論旨第二点について

記録を調査すると、原判決は被告人永田豊作、同花村とよについて、原判示第一の(二)及び(三)の各職業安定法第六三条第二号違反の犯罪事実を認定し、被告人永田を懲役四月に、また同花村を懲役二月に各処した上、右両名に対しそれぞれ二年間右刑の執行を猶予する旨の言渡をしたことはまことに所論のとおりである。けれども職業安定法第六三条第二号の法定刑はさきにも判示したように一年以上十年以下の懲役又は二千円以上三万円以下の罰金であるから、懲役刑に処する場合には特に減軽をしない以上、少くとも一年を下ることができないのは論をまたないところである。而して原判決を熟読、検討しても右被告人等に法定減軽事由の存することが認められないのは勿論、酌量減軽を施した形跡さえも発見することができないから、原裁判所が同被告人等に対して前叙のように懲役四月又は懲役二月の刑を言渡したのは、法律に定めていない刑を言渡したことになり、明らかに法律の適用を誤つたものというのほかはない。原判決中右被告人両名に関する部分はこの点においてもまた破棄を免れない。本論旨もまた理由がある。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条、第三七七条第一号、第三八〇条に則り原判決を破棄し、本件は当裁判所で直ちに判決するのは相当ではないと認め、同法第四〇〇条本文によつて本件を静岡地方裁判所浜松支部に差戻すべきものとし、主文のように判決する。

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 下関忠義)

検察官吉井武夫の控訴趣意

第一点原判決は法律に従つて判決裁判所を構成しなかつた違法がある。原審裁判所は

第一、被告人等は浜松市鍛治町一八〇の四特殊飲食店玉里こと鈴木儀一方、同市同町一六二の三特殊飲食店歌陽亭こと榊原歌子方、同市利町一七特殊飲食店丸金こと鈴木貞一方、静岡市駒形町二九特殊飲食店ます屋こと増田のよ方、磐田郡二俣町二俣一、五五七の四特殊料理店喜楽こと渡辺晴一方、同町二俣九二二の一特殊料理店仲屋こと塩崎七郎方、安部郡井川村井川中山沢特殊飲食店寿こと中川勝蔵方、横浜市南区真金町二の二三カフエー第一松葉こと後藤猛方、引佐郡細江町清水一四特殊飲食店福桝こと宗広ます方、浜名郡入出村五〇五番地特殊飲食店新米屋こと山本せん方の接客婦はいずれも公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務である売淫行為に従事するものであることを認識しながら、

(一) 被告人佐藤は、一、昭和二十九年四月初旬頃肩書自宅において右宗広ますに対し岩崎美江(二十七年)を同家の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入れさせ、二、同年五月初旬頃右宗広ます方において同人に対し杉山一枝(二十九年)を同家の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入れさせ、三、同年十一月七日頃浜松市龍禅寺町清美アパートにおいて右渡辺晴一に対しA子(十九年)を同家の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入れさせ、四、同年同月二日頃右鈴木儀一方において同人に対し右若月静枝を同家の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入れさせ、五、同年十二月五日頃浜松市海老塚町一、二〇六番地安楽旅館において右山本宗一に対し名本敏美(二十七年)坂本京子(二十五年)の両名を同家の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入させ、六、同三十年二月四日頃右榊原歌子方において同人に対し名本敏美(二十七年)を同家の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入させ、七、同年二月十五日頃右塩崎七郎方において同人に対しA子を同家の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入れさせ、八、同年同月二十五日頃磐田郡二俣町二俣一、五五二中川てう方において同人に対し通称光子(二十七年位)を同人の夫である右中川勝蔵方の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入れさせ、九、山本とわと共謀の上同二十九年十一月三十日頃浜松市寺島町清美アパート山本とわ方において右増田のよに対し信子こと坂口かね子(三十年位)を同家の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入れさせ、一〇、山本とわと共謀の上同年十二月十三日頃被告人方において右増田のよに対し通称みえ子(三十一、二年位)を同家の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入れさせ、

(二) 被告人永田は、昭和三十年二月二十二日頃浜松市龍禅寺町市川栄治方において右後藤猛に対し名本敏美を同家の女給として雇入れ方の斡旋をして雇入れさせ、

(三) 被告人永田、同花村は共謀の上同年二月十一日頃右鈴木貞一方において同人に対し名本敏美を同家の接客婦として雇入方の斡旋をして雇入れさせ、もつて公衆衛生または公衆道徳上有害な業務につかせる目的で職業紹介をなし、

第二、被告人佐藤は名本敏美と共謀の上前借金名下に金員を騙取しようとして長期間敏美を働かす意思も返済の意思もないのにこれある如く装つて、(一) 昭和二十九年十二月五日頃浜松市海老塚町三〇六番地安楽旅館こと安形太郎吉方において特殊飲食店新米屋営業主山本宗一に対し接客婦として住込んで働かすから給料前借名下に二万五千円貸してもらいたき旨申向け同人をして事実接客婦として住込んで働き得た給料より返済を受けられるものと誤信させ因て同日同人より右安楽旅館において現金一万円翌六日頃浜名郡入出村五〇五番地山本宗一方居宅において現金一万五千円計現金二万五千円を前借名下に交付させてこれを騙取し、(二) 同年同月十六日頃浜松市海老塚町五三二番地小梢旅館こと小梢千船方において特飲店美さか営業主宮本音作に対し接客婦として住込んで働かすから給料の前借として三万五千円貸してもらいたい旨申向け同人をして事実接客婦として住込んで働き得た給料より返済を受けられるものと誤信させ因て即時同所において同人より現金三万五千円を給料前借名下に交付させてこれを騙取し

たものであるとの公訴事実を認定し被告人佐藤を懲役一年に被告人永田を懲役四月に被告人花村を懲役二月に処し被告人永田、花村に対しては夫々本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する旨の言渡しをなした。前叙の如く本件公訴事実は起訴状に記載された訴因並に罰条によつて明らかであるように職業安定法第六十三条第一項第二号に該当する犯罪(被告人佐藤に対しては詐欺罪との併合罪)であつてその法定刑は一年以上十年以下の懲役または二千円以上三万円以下の罰金である。従つて本法は短期一年以上の懲役刑が定められている罪であるから裁判所法第二十六条第二項第二号に基き合議体の裁判所において審理すべきであつて単独の裁判所において審理すべきものではない。尤も選択刑として罰金刑も定められている罪であるから裁判所法第三二条によつて罰金刑を科すべき事件として簡易裁判所にも裁判権がある事は言うまでもないところである。然し本件は罰金刑を科すべき事件ではないので本年四月四日被告人佐藤善太郎について身柄拘束の上職業安定法違反及び詐欺罪として静岡地方裁判所浜松支部に公訴を提起し更に同月十八日職業安定法違反の追起訴をなしたのである。又被告人永田豊作及同花村とよの両名に対しては同日付で別件として職業安定法違反事件を同裁判所に公訴提起をなしその各公訴事実中被告人佐藤善太郎と被告人永田及同花村の職業安定法違反事件の一部は相互に共犯関係の事実があつたので検察官より併合審理を請求したのである。かかる身柄拘束迄なされている事案であるから本件については検察官から懲役刑の求刑がなされることは推測出来るので裁判所は本件の職業安定法違反の法定刑の趣旨からして裁判所法第二十六条第二項第二号に基き合議体の裁判所において審理すべきである。しかるに原裁判所は裁判所法第二十六条第二項第二号によらず一人の裁判官により併合審理して前記の如き判決をなしたのである。そもそも地方裁判所の構成を一人の裁判官と合議体とに分けた所以のものは、合議体は事件の重大性に鑑み、被告人の利益保護の方面を重視し、鄭重に取り扱わしめる趣旨に外ならない。従つて一人の裁判官で取り扱われるよりも、合議体によつて取り扱われる方が、はるかに鄭重であり且被告人に有利である。然も、被告人の立場からしても、一人の裁判官によつて取り扱われることは、被告人の利益を無視した裁判と言わざるを得ない。職業安定法違反の事件については合議体によつて審理すべきであるとの解釈は既に昭和二十八年十一月十六日仙台高裁判決、同二十九年三月十八日福岡高裁判決、同三十年四月十五日大阪高裁判決等によつても明かである。然るに原審はこれを合議体で取扱わず一人の裁判官によつて審理裁判をしているから原判決には法律に従つて判決裁判所を構成しなかつた違法があることが明かである。因つて右は刑事訴訟法第三七七条第一号の場合に該当するから立会検察官の保証書を添付した。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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